生まれ故郷 natal(natal)


farsun03
Q
生まれ故郷の両義性 les ambiguïtés du « natal»(the ambiguities of the "natal")
A
 強度の中心は、領土の中に位置することもあれば、途方もない遍歴の旅を終えたいくつかの領土が収斂してくるにもかかわらず、領土の外に位置することもある(だからこそ、「生まれ故郷」は両義的なのだ)。外であろうと、内であろうと、領土は必ず強度の中心につながっている。そしてまだ見ぬ祖国にも似た強度の中心は、友好的な、あるいは敵対的なすべての力を産む大地の源泉となり、そこですべてが決定される。だからここでもまた、人間と動物に共通の宗教が領土を占拠するための条件は、領土化をおこなうむきだしの美学的要因への依存をおいてほかにないということを認めなくてはならない。
(p371『千のプラトー』宇野邦一訳 1994年 河出書房新社 原典は1980年)


強度」の中心と「生まれ故郷」は互いに投影している、似ている関係なのだけれど、 巡礼地、観光地と化している、パワースポットエネルギースポット)はほぼ美的(宗教的)な場所にあり、何らかの特別な力が集中(あるいは攻防)している。富士山、屋久島、高尾山、箱根、伊勢神宮などなど。
世界の大都会を特徴付ける区域の眺望も、また美的要因・人口美のスタイルなのだろう。
東京の場合、皇居という神聖な場所が象徴し、一方で高層ビル群、繁華街、工場地帯の夜景などエネルギッシュな様相のパワースポットも近年では好まれている。 パワースポット強度の中心は人を惹き付ける力を持っている。
生まれ故郷」(人を魅了し続ける)究極の「出自」を辿ってゆけば(強力な「強度」が渦巻く)「胚種の流体」に行き着くのだけれど、神話の世界、場所は物語の中にありーーそれらの記号は「両義的」だった。
大地の強度の中心という言い方も多分に神話的、つまり美学に絡む言説なのであるが、ここでは「両義性」が、「生まれ故郷」が「ここであって、ここでない」という(曖昧さ両義を含む)ところに注目して欲しい。
  

 3/12/2020   

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    生まれ故郷は「両義性」« natal» est les ambiguïtés ( "natal" is the ambiguities)
    A
    保守思想根拠・根源勅撰和歌集、広くは王朝和歌に求めてから随分と年月を重ねてしまった。それは自覚の問題で、恐らく十年ちょっとだろう。
    王朝和歌の成立を、歴史を辿って検証するつもりはなく、ただその意味を追求し、問いたい。
    従って、和歌の特徴を、修辞的、文法的、国文学的に見るのではなく、哲学的に探求してみたい。
    記号の両義性中性的両性具有)な人物という神話の特有の形相と和歌の世界は重なり合うところも多い。
    王朝和歌神話そのものであるとは云わないまでも、神話の新しい形式の創設(後日談)と断言しても間違いではないように思っている。
    益荒男振り、に対する、手弱女一辺倒の詠みっぷりは男女を問わない。登場人物(詠み手)はむしろ中性的両性的)。
    枕詞、序詞、掛詞、縁語縁語は意味の極近い言葉の連立だろうが、国文学で修辞と呼ばれている枕詞、序詞、掛詞両義的だ。横断的結合包括的でもある。
    和歌、文学形式でありつつ、日本国を常に、神話の出自、生まれ故郷に結びつける媒介の役割も受け持つ。この国の形を作りつつ神話を隅々まで浸透させる役割も担っていたのかもしれないのだ。
    万葉集や、漢詩文から舵を切り、王朝和歌を成立させた要因を神話に添った国にするべく見定めたと解釈してもいいのではないかと思っている。
    生まれ故郷を、「両義性」に求める由縁がここにある。



    4/01/2020



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    「文化は両義性」les ambiguïtés ( the ambiguities ) 連歌・連句の時代から
    A
    文化と両義性』いや「日本文化は両義性」 日本の思想風土の中で著名な著作に入る『文化と両義性』は山口昌男の代表作であろう。岩波現代文庫として2000年に第一刷が発行された。ハードカバーは1975年岩波書店から刊行されたものだ。遅まきながら2016年に手に入れ読んだ。
     題材は日本の習俗が出てくるのだが、視点は西洋のものでこんなものだったのかと思わざるを得なかった。一言で云えば周縁(非日常、怪しいもの、異人、両義性)が中心(日常)を活性化する、フィードバックされるというもの。私の文脈で云うなら両義性は日常に浸透しているのが日本であると思っている。連歌についてどのように分析しているのか知りたく読み始めた。書かれていたのはたった一行だった。
    以下引用
    記号を他の記号との関係において捉えた時に顕れてくる多義性もあるはずである。
     W・M・アーバンは、「言語を知識の道具とするのはまさしく、一つの記号が他の事物を意味することをやめることなく一つの事物を指示し、それ故第二の事物に対してより表面的な価値を持つために、第一の意味がはじめから記号の中に組み込まれていなくてはならない」と述べる。 こうした作用は「語の累積的志向」と呼ばれる。 この作用は「両義性」の豊穣な源泉であるが、それは類推的予断の源泉でもあり、この作用のおかげで語の象徴的な力が始動し出すのである。 こうした語の意味の累積的な指示作用は、日本の美学では連歌の伝統において最も徹底して追及されたものということができよう。
    (『文化と両義性』 第三章 記号と境界P.58~59 岩波現代文庫)
    「語の累積的志向」を有り体に云うならば、一句だけで意味が通じるということ。一行つづを全部ばらしても、それぞれの一句で意味が成り立っているのだ。そのうえでの連歌の作用が両義性となって展開して行く。意外にも両義性発揮以前の一句の独立性が決め手にもなっている。
     数人の作者が交互に575か、77を詠み、繋げて行く。単に繋げるのではなくて、前句との意味575ー77と、後句との意味77ー575が違うところが連歌たる由縁で、場面が次々と展開して行く。繋がっているようで飛躍している。この両義性を楽しむのが連歌の本望なのだ。俳諧の連歌(通称、連句)は飛躍が更に激しい。題材が雅な人々の世界を抜けて庶民にまで広がっているからだ。山口昌男は多義性を追求しつつも連歌の日本的な特異性、国の進むべき方向性、日本人の根幹にあるものを捨象してしまった。で、結論は「世界は一つ」(ディズニーランド的な)。西洋の視点で日本も同じように分析できる、という、直接書かれないが言外に込められた結論に導かれる。戦後教育を受けた者は赤毛のアンに何となく共感と故郷を感じてもおかしくはない。西洋と日本を地続きだと思い込まされてきたバイアスが無きにしも非ず。その延長線上にあるのが、ポストモダン辺りの論者の特徴だった。「すべては差異から始まる」と唱えても、西洋的思考と日本人特有のそれの区別がつかないのが学者には多く、ニューアカデミズムと云えども結果は旧型の学者と同じ、上辺の毛色が一寸変化しただけだった。  連歌・連句を単に文学や文芸の修辞的なテクニック(国語の範囲内での古典文学)とせず、国の方向、有り様を決める哲学として捉える必要があったのだと思っている。落語の「オチ」にさえも日本人の両義性哲学の問題として観察されるべきなのだ。日本のメインカルチャーは「和歌」だった。枕詞、掛詞、など両義性で成り立っている。万葉集、漢詩の時代から新たに進むべき日本の行方を定め、舵を切ったと考えられる。一見曖昧な、それ故西洋的なアイデンティティ(自己同一性)からは耐えがたい表現方法かも知れない。その他の文化は小説も含めサブカルチャーだった。メインとサブは日本では両義性でセットで考えれるものなのではないかと思う。歌舞伎と前衛的な小劇団。実は暗黙に裏打ちし合っているのだと。歌舞伎と前衛的なスーパー歌舞伎(三代目 市川猿之助)でもいい。女形が特徴的な歌舞伎役者も両義的だ。宝塚歌劇団も両義的な男役女役で成り立っている。TV画面からは厳つい男のオネエ言葉が活躍していたりする。関西の物言い「ボチボチでんな」と云う日常使われる返答。両義的でどっちにもとれ、聞き手が察して解釈しなければならない。良い方に傾いているのだけれど、寧ろ答えたくないけど答える(教えたくはないけど教える)、という板挟みが両義的返答になって帰ってくるのだろう。
     日本の成り立ちに深く関わっている「神仏習合」の特異性。国の背骨は両義性の極みで成り立っていると考えても不思議ではないのだ。海外から観れば荒唐無稽だろう。「」。包括的な文化。お公家さんが和歌で発揮した手弱女(女房)ことば。万葉の益荒男からの転換、舵取りには大きな意味があった。日本の貴族はどことなく女性的だ。「」のテイストは現在の皇室にも受け継がれている。  



    3/04/2023



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    両義性les ambiguïtés ( the ambiguities) 現代
    A
     アニメ、漫画、といった一般にはサブカルチャー、若者や多くの愛好家にはメインカルチャーであろうジャンルから観てみよう。
     『名探偵コナン』(2億7000部)の口上「見た目は子供、頭脳は大人」の両義性が分かりやすい。歴代発行部数がトップの『ワンピース』(5億1000部)。海賊なのに正義を貫く姿勢も両義的だろう。名作『タッチ』(1億部)はラブコメであり王道の野球漫画としても楽しめる。『鬼滅の刃』(1億5000部)の鬼は元人間だった。人間の化身。『美味しんぼ』(1億3500万部)の山岡士郎と海原雄山は敵対的に見えるが、親子で互いが両義性の分身になっていると考えられる。『シティーハンター』(5000万部)の冴羽?尞は明らか過ぎて付け加えることもないだろう。
      最近のヒット作『Spy xFamily』(2900万部)も本格的なスパイものでありながらホームドラマにもなっている。『進撃の巨人』(1億1000部)の巨人も鬼滅と同様に元は標準のサイズの人間たちだ。『ゴルゴ13』(3億部)は侍が現代に居ない状況での現在の侍を表現しているのだと思う。私利私欲ではなく、ミッションに従って目的を遂行する。家や藩を優先して生きる侍が降臨し現代にスナイパーとして生きてる。刺客であるが、それは武に秀でた侍の一方の極地でもあろう。
     アニメ、劇画以前から両義性は根付いていた。明智小五郎や怪人二十面相、『多羅尾坂内』(七つの顔を持つ男)は多義的に変身し活躍する。金田一耕助は頭脳明晰であるが身なりや私生活はだらしがない。越後のちりめん問屋の隠居、光右衛門、天下の副将軍水戸黄門様。暴れん坊将軍は八代将軍徳川吉宗と徳田新之助の新さん。遠山の金さんと北町奉行遠山左衛門尉影元。TV、映画の時代劇でも両義性は事欠かなかった。義賊の鼠小僧治郎吉。義勇で悪をやっつける闇の暗殺者集団も時代劇では定番だろう。必殺シリーズなど。『忠臣蔵』でさえ切腹、御法度を犯した集団が主役になり判官贔屓もあって人気は今も衰えない。昼行灯でありながら事あらば大活躍するという大石内蔵助の設定も両義性をよく満たしていた。
     モビルスーツがメインのガンダム、マクロス、ヱヴァンゲリヲンなど、ロボットでありながら胎内・体内は人間性で溢れかえっている。変身もの、仮面ライダー、ウルトラマン、戦隊ものの二重生活……
     新海誠監督の『君の名は。』は男女の入れ替えで両義性を表していた。細田守アニメ映画の『サマーウォーズ』は半径五メートルの密な人間関係が世界を救う(セカイ系)、有り得ない設定でシンクロしているのだ。ここにも両義性が見え隠れする。  文学ではまず夏目漱石の『我が輩は猫である』が上げられるだろう。人格を持った猫だ。日本近代文学の黎明期の金字塔が両義性であったのは偶然ではないと思っている。海外でもよく読まれる日本人作家の代表である東野圭吾(『ハーバードの日本人論』 中公新書ラクレ 658) の『容疑者Xの献身』の容疑者は、犯罪者でありながら隣人の母娘にとっては献身的な味方であろうとする。
     エンタメではマツコデラックスは言うまでもなく、大人と子供、両方に跨がり両義性を発揮するアイドルという存在(男女共に)。一方で清楚や清純を求めつつも、色気も探し続ける(両義性を指向する)オタクという奇妙な存在との鬩ぎ合い。K-popのアイドルは初めからあからさまに色気を振り撒いていて異質だが、パフォーマンスでなく私生活にむしろ可憐さ、無邪気さ、幼さを求めているように思える。
     両義性を求めるこの現象は都会で庭が広ければ池を掘り木々を植え田舎を現出させ、地方では○○銀座と名付けて首都東京を忍んできた。これらの欲求は欲望の肥大を現しているのではなく、両義性こそが目的であることを指し示しているのだと思っている(両義性の肥大化、拡張)。日本人と両義性との関係とは切っても切れない相思相愛と言ったら言い過ぎだろうか……。
     色々と探りつつ具体例を挙げてきたが、両義性は身近な生活に浸透し、(極論すれば)自ずと身に付いている、いわば体質に近いことが理解されるならば幸いである。   



    4/01/2023



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  • 両義性と不二の法門les ambiguïtés ( the ambiguities)
     
     仏教伝来(公伝)の歴史には蘇我氏と物部氏の対立や蘇我馬子、聖徳太子(四天王寺建立)の役割、国分寺、国分尼寺の建造、出家した聖武天皇、奈良時代には、天照大神が大日如来の化身であるという本地垂迹説が起こる。権現思想であり、神仏習合という両義性が目に見える形で確立した。奈良の南都六宗に対抗する平安時代の天台、真言密教の隆盛から貴族への浸透などを経て鎌倉時代の親鸞、日蓮、栄西、一遍等から一般に浸透していった。頂点の叡山を始め寺院は大学の役割を担い、僧侶が優秀な知識人の受け皿にもなっていた。
     注目すべきは手弱女振りを駆使すること自体が両義的な平安貴族の間では両義性の宝庫である和歌(掛詞や序詞など)、その詞書や日記の類で熊野詣(熊野権現は阿弥陀如来の化身)と維摩講の記述が頻繁に出てくる事である。その時代には神道と仏道が日々の行動の中でも共存していた。神仏習合、神道を裏打ちする仏道という相互関係の固さの浸透。古今和歌集の詠み手は貴族に混じり、僧侶(歌人として認められていた高僧)も多数登場する。百人一首の坊主めくりが可能になるくらいの人数が入選していた。
     神道に不足していた教義、経典、律や論、そして実際の信仰に 不可欠な荘厳で美しい建築様式、仏像や作法に至るまでを補う形で仏教は受容されたのだと思っている。仏道の宗教としての体系を受け入れ、噛み砕き独自性を加味し神道も体制を整えていった。教義が今以て無きに等しいのは、ライバルが居なかったからではないか、仏道は創世の時代からライバル(ジャイナ教など)に囲まれ論戦も必要だった。その後も宗派間で揉まれ続けた。神道は自然発生的に生まれた各地の信仰(古神道)を包括し、教義による集合ではなく八百万の神の一員として受け入れれば良かった。
     大乗仏教の経典である『維摩経』の冒頭の第一章(序章)は「仏国土の清浄」から始められる。娑婆のこの世界を清浄と表現、どうしてだろうか、と読者の興味をそそるようになっている。初手から仏国土は両義性で始まっているのだった。清浄であり実感では不浄に満ちた仏国土という両義性。この見方(両義性)を受け入れられるかどうかが冒頭で試される。煩悩に満ちた世界を清浄(両義的)と受け取れる、観れる大きさ、視野を広げることが『維摩経』の序章からの目的として展開されるのだ。
     両義性は掛詞が示すように、一つの言葉に二つの意味や解釈が成り立つ。その二つが縁語であり、対立しているように見える反対語でもある二つは二つではなく一つであるという。ただその一つになったものには統一された言語はなく、総称して「不二」としているのだ。代名詞的な使い方をしているのだと言える。「不二」は善悪とか即物的ではないにしても両義的役割を担っている言語と同じポジションに置かれるていることになる。和歌の両義性は具体的や実感を伴っており、飛躍もあり、不二よりも範囲は広い。善と悪は両極端、関連語(縁語)でもあるが、一つの言葉では言い表せない、ので仮に「不二」という抽象語(メタ言語)で言い表している。善と悪の「不二の法門」にはいる、と表現するのである。
    不二」は文脈と切り離せずに登場する。その両義性の現れが善と悪なのである。そしてこの曖昧さが(善と悪の)距離も示している。  以上「不二」を両義的に(両義性に寄せて)解釈してみた。
     維摩経のクライマックスには「不二の法門」が据えられ、三十二の菩薩が登場する、その各々の説から代表的な三つを抜き出してみよう。
    (p119 から引用)
    (ふみつ)普密(あまねく隠された、あるいは守護された)菩薩は説く。「有我と無我というのが二である。我の本質がわからないのに、どうして我がないとなしえようか。その両者の本質を見ることによって無二であるのが、不二にはいることです」
     電光神(神としてのいなびかり)菩薩は説く。「知(明)と無知(無明)とが二である。知は本質的無知と異ならない。無知というようなものは、予測できないもの、数えられないもの、計量の道を越えたものである。このように理解することが、不二にはいることです」
     喜見(親愛をもって見る)菩薩は説く。「(色(物質)と空とが二である。)色はそのままで空であって、色が滅して空になるのではなく、色が本性として空なのである。同様に、感受・観念・形成力・識知といい、空性というのが二である、識知がそのまま空性なのであって、識知が滅して空になるのではなく、識知の本性が空性である。この場合、執着された五蘊に関して、上述のように知をもって知るならば、これが不二にはいることです」
    (p119)
    (『維摩経』長尾雅人訳注 中公文庫
    昭和四十八年九月二十五日印刷
    昭和四十八年十月十日 発行)
     仏教で良く引用される有名な「色即是空 空即是色」を維摩経では不二とする。「色」と「空」を対立ではなく不二両義性とする。両義性とは両者のどちらかの優位性を決着させるのではなく、諸共に受容すること。不二の法門にはいる、とはそういうことだろう。
     親鸞の往生、善人と悪人、その隔たりを超えること、善と悪、そのスペースをそのまま受け容れることが不二の真髄なのだと思う。度量を見せる、身に付けることにも通じていると言っていいのかもしれない。「わびさび」を受け入れる精神にも通じているだろう。黄金の茶室から地面に茣蓙を敷いただけの簡素な野立までの距離の受け入れがキーポイントになってくるのだ。認識、世界の見方の大きさ。
    仏教が伝来して両義性が上から広められたのではなく、日本には両義性がある程度根付いていたのだと思っている。即答で簡単に証明出来るものでは勿論なく、今後の課題とするしかないのだが……。
    神話に登場する「形成する神」は時間差によって過去、未来が両義的に捉えられていたのではなかったか。
     卵が先か鶏が先か、ではないが、優位性の順番、先着の順位もここでは不要だろう。
     不二の法門、先程引用した知と無知、ここの説明は分かりにくい、学者のように文献の解釈で理解を深めてゆくと言うよりも、大乗仏教という名の通り、乗るか、乗らぬか、受け入れるかどうかが問題であろうと思う。神仏習合という両義的な、実際そのような形で受け入れられた事実、歴史を見ればそれで良いと思っている。この形態「神仏習合」自体も両義性が推進力であったのだろうと。
     武家が実権を握り為政者となった後でも征夷大将軍という位階(朝廷からの叙位)は残り続けた。関白秀吉、中納言水戸光圀や大岡越前守、吉良上野介なども朝廷から授けられた戦国、江戸時代の位階である。言ってみれば武家の階級(大名、旗本、御家人、家老、奉行、家臣、浪人など)と、貴族の位階(四等官も)が両義的に共存して明治維新後も(爵位の貴族として)暫くは続いてゆくのである。武人でもあり貴族でもあった。
     人名の呼び名で課長などの役職呼びは日本的だ。徳川家康の徳川は地名。現代でも親類縁者は同じ名字が多いので、住んでいる地名で呼ぶことが多い。地方では屋号。山形の片田舎では弥右衛門や治郎左衛門といった屋号(身分的な名称)が現代でも使われ、姓氏よりこちらが通称になっている。大石内蔵助の内蔵助と下位ながら同じ由来なのだろう。銭形平次は万七をテリトリーである「三ノ輪(みのわ)」と呼んでいた。歌舞伎役者や商家は成田屋や越後屋と呼ばれる。メジャーリーグでは役職の、例えば「監督」呼びはしない。ジョー・マドン前監督だったら、大谷選手は「ジョー」とファーストネームで呼び、監督は「ショウヘイ」と言っていた。固有名詞がアイデンティティの証なのだろう。
     「不二の法門」に入る先には何が待っているのだろうか、私見では「内観」や「法身」に行き着くのだろうと思っている(卒論のテーマもそれだった)。両義性はその取っ掛かりなのだが、しかし両義性はそのままでも既に不二の神髄に達しているのだと思う。仏道が「不二の法門」によって裏打ちしている両義性神仏習合と同じく仏道は日本人の感性、特異性をも裏打ちしているに違いないのだ。   



    5/03/2023



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